アフィリエイト

アフィリエイトという言葉。今更ながらその意味を考える。

アフィリエイトが知られるようになった昨今。

主婦のスキマ時間や、会社帰りのサラリーマンが副業で始めたり、在宅で働きたい人が専業でやるなど、身近なものとなっています。

ではアフィリエイトって、何を指す言葉なのでしょうか?

Wikipediaで引くと、アフィリエイト=成果報酬型広告、と出てきます。

つまり、アフィリエイトとは成約(物やサービスの購入がされること)があれば、その商品の広告を出している企業や個人に、成功報酬として手数料が払われるもの。(ネット上における)広告の宣伝とも言えるでしょう。

1996年にアメリカのアマゾンドットコムが始めた、アソシエイトプログラムがその始まりだそうです。

アフィリエイトは個人や会社が運営する、サイトやブログ、メルマガ(媒体側)と企業がパートナーを組んで商品の魅力を発信・宣伝する。

企業は集客を媒体側に手伝ってもらって売上を高める。代わりに成功報酬をいくらか支払う。媒体側は集客を担当して企業の利益に貢献。見返りに成功報酬を頂く。


企業にとっては自社と異なるルートから、広く自社商品について宣伝してもらえるメリットがあり、潜在的に商品に関心を持つ層にタッチすることも期待できる。

媒体側にとっても、自社や自分のサイトやブログ、メルマガに必要なコンテンツを企業側から得られ、さらにそれを収益にもつなげられるメリットがある。


また媒体の閲覧者にとっては、企業のサイトとは異なる視点・切り口での商品紹介を見ることができる。商品選択の際の判断材料が増える点、欲しいと思った時にリンクから、すぐにECサイトにアクセスできるメリットがある。

その意味で媒体側と企業だけでなく、閲覧者であるユーザーにもメリットのあるものと見れるでしょう。

しかし、アフィリエイト業界には胡散臭さが強いイメージがあります。

アフィリエイトという言葉の意味は、広告の宣伝という感じ。

別に変な印象を出している訳ではないのに、なぜネガティブなイメージが先行しているのか。

それについて調べてみますか。

アフィリエイト=金儲け?

アフィリエイト=お金儲け?そうなの?

バブル崩壊以来、日本のGDP増加は停滞し、終身雇用や年功序列制度は崩れていきました。非正規雇用も増え、2020年時では労働者の約40%を占めるまでに。

実感としても給料は下がり、使えるお金(可処分所得)は減っていく一方。それなのに寿命は延びて老後が長くなる今、お金の問題は全ての人に降りかかる悩みになっています。

お金を得たい、給料以外の収入を! という思いは私も同じです。

忙しい会社員や家庭を支える主婦が、空き時間に取り組みやすいのがアフィリエイト。在宅でできる、匿名性がある点も魅力的。

アフィリエイトと検索すると、アフィリエイターのブログやサイトがずらずら出てきます。それだけアフィリエイトが浸透してきている。

なのに、どうして胡散臭さが根強いのか。

掘り下げてみます。

ギラギラした感じ。

アフィリエイターのブログを見ると、何かギラギラした印象を受けるものが多いと感じます。

収入の増加や分散化で、アフィリエイトをしている人が多いので、お金を儲けようという意識が前面にあるように見えます。

別にお金儲けは悪いとは思いません。生きていくにはお金は必須。

お金があれば、できることが大いに増える。お金の悩みも減る(かもしれない)。

お金儲けの為にするのは、アフィリエイトに限らずビジネス全般がそうです。日本は資本主義社会。資本主義において、儲けを求めるのは認められていること。

しかし、リアルのビジネスでは当然とされていることが、アフィリエイトとなると途端に得体が知れなくなる。

この変な感じは、お金儲けがまず先に出てきている点にあるのではないかと。

お金儲け=悪?

お金を追うことは卑しい。

そんなイメージが日本人には強いのではないか。

それは多分、私たちが受けた教育に強く影響されていると思います。

「ベニスの商人」というおとぎ話はご存じでしょうか?

あれに出てくる商人は、利子を取って儲ける存在。主人公や周りの人からは卑しいと見られています。

利ざやから利益を得るのは、銀行などの金融業では当然の行為。物販でも安く買って別の誰かに高く売るのが基本。企業も個人も普通にやっている。

では何でこれが卑しい、下卑たことだと感じるのか。

日本の昔からの教育が、金儲けに走るのを悪とした価値観だからでしょう。

そうしておくことで、その制度を設計した側にメリットがあるのだと考えられます。

そういう価値観が広まれば、誰もがお金について考えようとしなくなる。私たちがお金について賢くならないことで、制度設計者が有利な立場にい続けられる。経営者や権力者からすれば好都合。

お金儲けが卑しいという風潮は江戸時代に遡るそうです。徳川幕府が統治の為に、庶民を「死なぬよう生きるように」な状態にしておくために作ったそうで。庶民が経済力を持たないことで、治安維持がされて政治は安定する。

教育の場に、お金について考えられる人がいないことも、これが原因かと。

私たちは、お金についてよく知らないまま大人になり、子供の頃に刷り込まれた、お金儲けへのネガティブなイメージが抜けないままなのでしょう。

お金儲けとは?

お金は生きる上で絶対に必要。

必要なものを得るのに、なぜそれが悪とされるのかは、作られた価値観や教育によるもの。お金の本質ではないということ。

お金は元々、金などの貴金属が原点だそうです。貴金属は、それ自体が高い価値を持ちます。時代が下ると、ヨーロッパでは塩が兵士の給料(サラリーマンの語源)として渡され、江戸期の日本では武士の収入は、お米で支払われました。

塩や米が、今の日本円のような価値を持っていた歴史。これは塩や米が価値を有し、人々の信用を得ていた為にお金として扱われていたことになる。

お金とは即ち、信用がベースにあるものと考えられます。人々が信用するからこそ、一万円札は一万円に相当する物やサービスと交換ができる。額面通りの価値を有することになる。

信用を勝ち得た人は裕福になった。一代で成功した人は、信用をたくさん得られた人とも言える。

お金儲けとは本来、「信用を得ていくこと」を指すのではないでしょうか。

アフィリエイトの意味するものとは?

アフィリエイトの意味とは?三方良しって?

冒頭で、アフィリエイトは企業(提供側)、ユーザー(消費側)、アフィリエイター(媒体側)の三者を繋ぐものと言いました。

この構図、商売の理想とされているものに通じるような。

「売り手良し、買い手良し、世間良し」という言葉を聞いたことはありませんか?

通称「三方良し」という概念で知られる、近江商人の哲学です。

またまたWikipediaから引用します。

売り手(提供側)の都合だけで商いをするのは良くない。買い手(消費側)が心の底から満足し、商いを通じて地域社会(世間)に貢献しなければならない。

売り手が買い手を騙せば、買い手は売り手を恨むでしょう。騙された買い手は、世間にそのことを吹聴する。世間が知れば、その売り手は信用を失う。信用を失った売り手は売ることが難しくなり、廃業せざるを得なくなる。

よくできている考えだと思います。

アフィリエイトをここに当てはめると、どんな感じになるか。

アフィリエイターは提供側でもなく、消費側でもありません。この両者を繋ぐ、媒体側です。世間という立場にも当てはまりません。

近江商人の考えにはない、いわば四番目の存在。

アフィリエイトの意味する所は、ここを見ると分かるかもしれません。

企業と消費者の間に入る。

企業は商品開発の努力を、日々重ねている。モノが溢れ、売れなくなっているご時世、利益を出すのは本当に大変なもの。消費者のニーズを知り、それを開発へ盛り込んで利益を出そうとする。

消費者は、多くの商品から自分が欲しいものを買うが、望み通りのものであるかは買うまでは分からない。給料が下がっている今、買い控えることも多い。

売りたい企業と買いたい消費者の間には、見えない溝のようなものがある。

アフィリエイトは、この両者の溝を埋めることに役立てられると思います。

企業は自分ではいいモノ、優れたサービスを創出していると思っている。実際、性能試験や品質で素晴らしいモノを作り、社会に送り出しているのは確かでしょう(日本では。海外だとまた変わってくる)。

消費者は素晴らしいモノを求める。使えるお金は限られる中、自分の要求を満たすモノが欲しい。メーカーが謳っている商品の説明を読み、ヨシ! と思うモノを購入する。

でも何か違和感が。求めていた感じと違う。企業が言ってることと、ユーザーが感じたことに相違がある。騙された、掴まされたと感じてしまう。

おそらく、作り手と使い手の観点の違い。企業の目線と消費者の目線が、異なっているから起きるのではないか。

作り手は多分、騙すつもりはない。使い手のことを考えて作っている。でもそれは、作り手がイメージする使い手の姿が基本にある。使い手の観点に立つことが、完全にはできていない(完全を目指すのは難しいでしょう)。

媒体側がここに入る場合、作り手よりも使い手の目線に近くなる。つまり、消費者目線で商品の紹介や宣伝ができるということ。企業には難しい部分にアフィリエイターが入ることで、ユーザーがよりその商品についてイメージしやすくなる。

こう見れば、アフィリエイトは立派なビジネスで、社会貢献をしていると言える筈です。

四方良し?

「三方良し」は、売り手が買い手のことを考えて商売することで、自ずと世間にもメリットがあると言っています。

世間は潜在的な、買い手をたくさん抱えている。世間が求めるものを提供できれば、商売は繁盛して売り手にその利が還ってくる。

作れば売れた時代なら、「三方良し」で良かった。でも今はモノが多くて景気が悪い。作っても売れない。だから企業は困り、業績が上がらないので給料も上がらない。手取りが増えなければ、自由に使えるお金も増えない。お金を使わなくなれば、世間の賑わいはなくなる。売り手に利益が還らない。

アフィリエイトが登場したのは、この問題を解決する為だと思います。

売り手と買い手のギャップを埋めることで、消費者から企業へお金が動く。企業は業績を上げられるので、給料を上げる余地が出てくる。消費側は自分のニーズに合う商品を手にするので、不満が溜まらなくなる。給料が上がれば消費する余裕ができるので、社会が活気付く。

紹介した媒体側は、売れた時の手数料を頂く。長期的にこれが成立すれば、継続的な収入として還元される。

利益を得る順番で言うと、「売り手」→「買い手」→「世間(社会)」→「媒体側」という感じでしょうか(個人の考えです)。

近江商人風に言うと「売り手良し、買い手良し、世間良し、宣伝良し」か?

勝手に「四方良し」とまとめます。

お金=信用=結果?

お金は売れたことで得られる。当たり前と言えばそうですが、売れるまでの過程を作らなければ、結果にたどり着くことはできません。

お金儲けそのものは、信用稼ぎと言い換えられる。その信用を得る為の過程を考えることが、ビジネスには必要。

ここで、信用稼ぎが目的だ! と前面に出すことが、うさん臭さを醸し出すのかもしれません。

人は、こちらのことを想ってくれていると感じる相手に心を開く。自分の利益ばかりを押してくる相手には、逆に警戒心を抱く。儲けたい、欲しいばかりが出てくると、自ずと相手からは嫌がられる。

アフィリエイトも含むビジネスにおいて、大切なのはまず相手を大事にする意識だと思います。最終的に儲けに行き着くにせよ、その入口となる所は、相手が「いい!」と感じてくれる点かと。

お金は、自分が為したことの結果として受け取る。結果ばかりを前に出して相手から逃げられては意味がない。

なかなか難しいですね。私も身をつまされる思いです。

長々と言いましたが、企業と消費者の間を埋め、まず企業に利益を与える。企業が潤うことで、消費者でもある労働者にも利益が廻る。消費者が消費を活発化させれば、社会の循環は良くなる。その対価としてお金を頂く。

この「四方良し」を目指すのが、アフィリエイトの素晴らしさに繋がると思います。

では、今回もお読み頂きましてありがとうございます。


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